23:50 本郷

 五畳弱の小さな部屋には遮光カーテンがない。

 午前10時の太陽光は、細いストライプのレースカーテンを通り、少し優しく二人を照らす。冷房は25度まで落とされていた。一人で寝るときは28度でも肌寒いのに。朝起きると、肌がじんわり湿っていた。

 
 身体が地面に水平のまま話したことは全部ピロートークなんだって、と彼は言う。ベッドでしか話せないことと、そこでは口を紡いでしまうことがある。
気だるさと背徳、人の吐息と寄り添ってしまった朝は、一日にフィルターをかける。少し歩みが遅くなる。

 
 街ゆくカップルの表情が静止画の連続のように映る。いつもなら他人の肩のあたりをフワッとなぞるだけの眼が、俯瞰したふりをして、流れゆく街の速度をみつめる。

 

 
 ちさとの文章 って感じだな~と笑い飛ばす昔の恋人の声が、夏の夜風とともに頭を抜けていった。江國香織の読みすぎではないか、と。彼は江國香織なんて到底読まないのに、私が読んでいると、いつも意地をはって借りて帰る。 
 ハードボイルドワンダーランドだけは、読みきれなかったと言っていた。それも含めて、彼に貸した本は何一つ帰ってきていない。舟を編むが面白かったと喜んでいたのを思い出す。その本は、私が読みきってなかったんだよ。

 


 帰宅すると部屋はすっかり暗くて、自分では買わないどん兵衛と、丁寧に畳まれた黒いスウェットと、ひとの匂いがした。

 

 遮光カーテンのない部屋では、最低限の電気しかつけない。光がこんなにもくるくると表情を変えていくのがいつまでも新鮮だ。

 

 鎌倉の浜辺に押し寄せる波や、葉っぱに身を扮する昆虫の質感を見て、ほっとするように。確かにそこにあるものを、そのままに受け入れることがたまにはできる。

 

 本屋の並びくらい、生活には小説とノンフィクションが入り乱れていて混乱してしまうのかもしれないけど。

 少し素直に生きてみようかなと思わされる。